スタッフ紹介
院長 小島 一政

| 役職 | 院長 |
|---|---|
| 資格取得日 | 昭和57年 |
| 資格 | 柔道整復師 柔整整形修学士 名古屋医健講師 柔道整復実技審査員 機能訓練指導員認定柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | フットワークの軽い子守熊 |
| 趣味・好きなこと | お百姓(果樹)、スキー |
一言
小島接骨院は「技術と情熱で人を幸せにする」ことを目標にしています。
そして私自身は「人生の1/3は好きなことをしたい」といつも公言しています。
やりたいことの全てが叶うのは難しいですが、できるだけ希望通りの人生にしたいと願っています。
患者さんの人生も同じだと思っています。だからそのお手伝いができればとTeam Kojimaを作りました。
私たちにできることは、「身体の痛みや不調」を少しでも軽くして差し上げる事だけですが、ぜひ「幸せな人生のお手伝い」を私たちにさせてください!
柔道整形修学士
柔道整復実技審査員認定証
柔道整復師専科教員講習会修了
柔道整復師資格証
機能訓練指導員認定整復師
名古屋市スポーツ推進委員認知症の方に優しい店
柔道整復師になった理由
身体を動かすことが好きだった学生時代
私は少年時代から、とにかく「身体を動かすのが好き」という性格でした 。小学校3年生から高校1年生までは野球に明け暮れる日々を過ごしていました。しかし、高校1年生の時に近視が進行したのをきっかけに、大好きだった野球をあきらめるという寂しい体験をしました。そんな時、たまたま家の前に柔道場ができたことが縁で柔道を始めました。この「じっとしていられない」性格が今の仕事につながる大切なベースになったのです。
挫折をきっかけに出会った「新しい道」
柔道整復師を志したきっかけは、実は「大学受験の失敗」という苦い経験でした 。第一志望ではない大学の法学部へ進んだ私は、勉強よりもアルバイトに時間を使う、どこか心ここにあらずな日々を送っていました 。どこか物足りなさを感じていた私は、「自分を奮い立たせるための何か」を探していました。
そんな時に出会ったのが、柔道整復師の専門学校です 。身体のことを深く学ぶこの道こそが、自分の進むべき場所だと直感しました。そこからは、昼間は大学、夜は専門学校に通うダブルスクールの生活が始まりました 。アルバイトもすべて辞め、空いた時間には接骨院の研修生として働き始めるなど、身体を動かしながら学び、働くという、私らしい充実した日々がスタートしたのです。
臨床現場での研鑽と、揺るぎない技術の確立
国家試験合格後、接骨院での研修を経て、私は整形外科へと入局しました 。そこでの6年間は、まさに柔道整復師としての「知識と技術の厚み」を形作る充実した時間となりました 。骨折や脱臼といった外傷、さらには多様な整形外科疾患の症例に数多く触れることで、教科書だけでは得られない生きた技術を徹底的に学ぶことができました 。
その後、「技術と情熱で人を幸せにする」という想いを胸に、「小島接骨院」を開院しました 。痛みから解放され、患者さんが「生涯現役」でいられるようサポートすることに全力を注ぐ毎日は、非常に多忙ながらも大きなやりがいに満ちたものでした 。
35年を経てたどり着いた「自己実現」の形
開院から35年以上が過ぎ、今改めて感じていることがあります 。それは、「自分の技術が誰かに喜ばれることこそが、私にとっての自己実現である」ということです 。2006年からは専門学校の講師として、若い世代に骨折や脱臼の治し方や柔道整復師としての在り方を伝える機会もいただいて、より充実した人生を送らせていただいています 。
現在の私の大きな目標は、これまで培ってきたこの技術をスタッフに継承し、育てることにあります。そして同時に、自らの技術が人の役に立ち続ける限り、私自身も現役として患者さんの「幸せな人生のサポート」を続けていきたいと考えています 。また、「小島接骨院に出会ってよかった」と思ってもらえるような組織を作り育てていきたいと思っています。
身体の痛みや不調でお困りの方、良ければ小島接骨院にサポートさせてください。気楽にご相談していただいて大丈夫ですよ。
神の倉院院長 長谷川 達也

| 役職 | 副院長 |
|---|---|
| 資格取得日 | 平成24年 |
| 資格 | 柔道整復師 IASTM smart tools 認定者 介護予防機能訓練指導員認定柔道整復師講習修了 |
| 動物キャラナビ | 長距離ランナーのチータ |
| 趣味・好きなこと | ロードバイク、登山 |
一言
柔道整復師の長谷川です。
施術を受けて楽になるのは当然だと思います。しかし私たちが目指すのはその先の楽になってそれで終了ではなく、良くなった後もその状態がしっかりと維持ができてやりたいことができる身体を作る!ということです。いつでもパフォーマンスがいい身体を一緒に目指しませんか?小島接骨院の治療を受けてよかったと思っていただけるよう皆様をサポートさせていただきます。
なぜ柔道整復師を目指したのか、そしてどんな柔道整復師でありたいか
私が柔道整復師を目指したきっかけは、自身の身体の不調が原点です。中学生の頃から腰痛に悩まされ、近所の整骨院に通っていました。当時は「なぜ痛みが出るのか」「なぜ良くなるのか」を深く意識していたわけではありませんが、施術を受けることで日常生活が楽になるという経験は、今振り返っても強く印象に残っています。
また、小・中・高校と続けていた少林寺拳法の先輩が柔道整復師として働いている姿を見て、「人の身体に向き合い、支える仕事」に自然と惹かれ、この道を目指しました。
資格取得後は、整形外科にて約2年間勤務し、外傷や疾患に対する医学的な考え方や、医師の診断・判断を間近で学びました。この時期に得た経験は、現在の施術においても大切な基礎となっています。その後、さらに技術や知識を高めたいという思いから、在学中にお世話になった先生の紹介で小島先生とご縁をいただき、小島接骨院にてお世話になることになりました。接骨院での柔道整復師として、現場での経験を通じて、症状だけでなく患者さん一人ひとりと丁寧に向き合う姿勢や、地域に根ざした接骨院の在り方を小島先生よりたくさん学びました。もちろん今も学んでいる最中です。
実際に現場で多くの患者さんを診させていただく中で、今でも心に残っている出来事があります。それは、柔道整復師としては当たり前のことですが、当時幼稚園くらいの女の子の足首の捻挫を担当した時のことです。大きなケガではありませんでしたが、最初不安そうな表情で来院されたその子が、回復した際に笑顔で「先生ありがとう」と言ってくれました。純粋な感謝の気持ちをまっすぐに受け取ったあの瞬間は、柔道整復師という仕事の価値を改めて実感した出来事でたし、今でも思い出します。
この業界に入って十数年が経ちますが、今でも「症状が改善し、安心して卒業していかれる姿」を見送ることに、大きなやりがいを感じています。施術によって一時的に楽になることはもちろん重要ですが、それだけで終わらせるのではなく、痛みが改善した先の日常生活まで見据えたサポートを行うことが、柔道整復師としての役割だと考えています。
2023年5月に代表の小島先生に小島接骨院 神の倉院の院長として任せていただきました。開院から約2年で、1000人以上の患者さんのお身体を診させていただいています。今後も、何かあった時や、どこに相談すればよいか迷った時に、安心して思い出していただける存在でありたいと考えています。地域の皆さまにとって身近で頼れる「かかりつけ整骨院」として、これからも丁寧な施術と分かりやすい説明を心がけていきます。
柔道整復師 吉澤 慶

| 資格取得日 | 令和3年 |
|---|---|
| 資格 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 気分屋の猿 |
| 趣味・好きなこと | 筋トレ、オートミール食研究 |
一言
柔道整復師の吉澤です。
痛みを抱えて来院される患者様一人一人真摯に向き合い、お互い納得いく治療を提供させていただくために最善を尽くします。少しでもお体の負担を減らし心身ともに良好な状態になるような治療をさせていただきます!
トレーニング関係も勉強しているので気になる方はご相談ください!
はじめまして。
柔道整復師の吉澤です。
私は長野県飯田市で生まれ、静岡県沼津市で育ちました。中学生の頃に再び飯田市へ戻り、学生時代はとにかく体を動かすことが大好きで、さまざまなスポーツに挑戦していました。飽き性なところもあり長く続かないことが多かったのですが、中学生から始めた卓球だけは高校卒業まで本気で続けることができました。
高校に入ると部活動のレベルは一気に上がり、ついていくのに必死でした。多少の痛みなら気にせず練習を続けていたため、次第に痛みが強くなり、パフォーマンスも下がっていきました。そんな時、友人の紹介で接骨院を受診したことが私の人生を大きく変えました。
担当してくださった先生は多くのスポーツに精通しており、数回の施術で痛みが軽減しただけでなく、私に合ったトレーニング方法まで丁寧に教えてくれました。
当時の私は「痛みがあるのは仕方がない」「我慢するのが当たり前」と思っていましたが、その考えが大きく変わりました。正しい知識と施術があれば、痛みは軽減でき、競技を続けることもできる。自分自身がその変化を体感したことで、今度は支えてもらう側ではなく、支える側になりたいと強く思うようになりました。
その経験から、柔道整復師という仕事の魅力を強く感じ、「痛みで悩む人を一人でも減らしたい」という思いが芽生え、この道を志しました。
高校卒業後は地元を離れ、名古屋の専門学校へ進学しました。勉強は得意ではなく、慣れない一人暮らしも重なり、1年生の頃は「自分には向いていない」と何度も諦めかけました。しかし、両親が学費を支えてくれていることを思うと、このまま投げ出すわけにはいかないと気持ちを立て直しました。
「2年生から国試まで全力でやって、それでもダメなら諦めよう」
そう決めてからは本気で勉強に取り組み始めました。知識が少しずつ身についていくと、次第に学ぶことが楽しくなり、3年生の頃には「好きで勉強している」と感じられるようになっていました。
また、1年生の頃からご縁があって小島接骨院でアルバイトをしており、国家試験に合格したあとは「もっとここで学びたい」と思い、そのまま就職しました。
実際に働き始めると、アルバイトの頃とは比べものにならないほど多くの経験や学びがあり、毎日が成長の連続でした。施術の技術だけでなく、患者さん一人ひとりと向き合う姿勢や、痛みの裏にある生活背景まで想像することの大切さを、改めて実感しました。
時には悩むことや壁にぶつかることもありましたが、その度に先輩方の姿勢や患者さんの「楽になったよ」という言葉に支えられ、この仕事を選んで本当に良かったと感じています。
これからも初心を忘れず、痛みで悩む方の力になれるよう、一つひとつの施術に真剣に向き合い、知識と技術を深めていきたいと思っています。
柔道整復師 大山 聡士

| 資格取得日 | 令和4年 |
|---|---|
| 資格 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 慈悲深き虎 |
| 趣味・好きなこと | 銭湯巡り |
一言
患者様が抱える症状や悩みに対して真剣に向き合い、少しでも早く改善させ、ただ痛みを取るだけでなく、その先にある「痛みが取れたら~したい。」という願いを叶えるために、健康をサポートさせていただきます。
私が柔道整復師という道を志すようになったのは、大学時代に経験した腰椎ヘルニアが大きな転機となったからです。当時の私は、激しい痛みと痺れにより、日常生活を送ることすら困難な状態でした。夜寝ていても痛みで数時間おきに目が覚めてしまい、常に寝不足の状態であり、歩くスピードも極端に遅くなっていました。部活動では練習はもちろん見学すら満足にできず、仲間たちが汗を流している姿をただ遠くから眺めるだけの日々が続きました。その時の無力感や焦りは、今でも鮮明に覚えています。「この先、自分は本当に元の生活に戻れるのだろうか」という不安は常に頭の片隅にあり、精神的にも追い込まれていました。
そんな状況の中で私を救ってくれたのが、大学の近くにあった接骨院でした。藁にもすがる思いで訪れたその場所で、私は初めて“身体が楽になる”という感覚を取り戻しました。丁寧な問診、痛みの原因を紐解く説明、そして一人ひとりの状態に合わせた施術。通うたびに少しずつ身体が動くようになり、痛みの強さも和らぎ、気持ちも前向きになっていきました。再び部活に復帰できた時のあの喜びは、今でも人生の大きな節目の一つだと感じています。
その経験をきっかけに、私は“人の身体を治す”という仕事が、どれほど誰かの人生に影響を与えるのかを知りました。自分と同じように痛みに苦しみ、日常生活さえ不安に感じる人の力になりたい。そんな思いが芽生えました。しかし、その時は大学に進学していたこともあり、一度は一般企業に就職する道を選びました。
社会に出て働く中で感じたのは、腰痛や肩こり、身体の不調を抱えながら日々頑張る人が想像以上に多いということです。デスクワークで長時間同じ姿勢を続け、体調が悪くても仕事を休めない人が多く、かつての自分と重なる姿に自然と胸が締め付けられる思いがありました。「痛みを抱えながら働く辛さ」を自分自身が知っているからこそ、彼らに深く共感できました。そのうち、胸の奥にしまっていた“誰かの身体を楽にしてあげたい”という気持ちは消えるどころか、むしろ強く大きくなっていきました。
そしてついに、私は自分が本当に進みたい道は柔道整復師なのだと確信しました。過去に救ってもらった喜びを、今度は自分が誰かに返したい。痛みで日常が苦しい人に寄り添い、前向きな気持ちを取り戻してほしい。そう強く思ったのです。
今、私は柔道整復師として患者さん一人ひとりと向き合いながら、当時の経験がすべて今の仕事につながっていることを実感しています。過去の苦しみは決して無駄ではなく、むしろ私の原動力です。あの日救ってもらったように、私も誰かの人生にそっと光を当てられる存在でありたいです。
柔道整復師 岩永 豪

| 資格取得日 | 令和4年 |
|---|---|
| 資格 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 面倒見がいい黒ひょう |
| 趣味・好きなこと | 筋トレ カラオケ |
一言
患者様は来院される際、お身体の不調に加えて、良くなるのかという不安も抱えていると思います。一人一人に寄り添い、不調と不安に一緒に向き合うことで、施術面でも精神面でもお力になれるよう全力を尽くします!
愛知県田原市出身の岩永豪と申します。
これといった特技はありませんが、小学校のころ入った陸上部で短距離走を専門にしていました。なんとなく「部活だから」と続けているうちにリレーの選手に選ばれ、中学生になっても続け、高校へは特待生で入学。いつのまにか、陸上とともにある人生になっていました。今でも交流のある友達は部活で切磋琢磨したメンバーで、今思い返しても、陸上が繋いでくれた縁だなと感じます。
そんな自分が今、この業界で働かせて頂いているのも陸上で得た2つの経験がきっかけです。
1つ目は高校2年生の春。
過去に軽い肉離れは経験がありましたが、大きな怪我で困ったことはなく、記録を伸ばすため自分なりに工夫をして練習していました。
ある日スタートの練習で、いざ走り出し2歩目をついたとき、ハムストリングスに違和感が。過去の肉離れの感覚とは違ったので、軽く攣ったのかなと思い、インターハイ予選が2週間後に控えていたこともあり、その後も練習を続けました。しかし症状は悪化する一方…。監督に言い出せないままインターハイ予選を迎えましたが、当日のウォーミングアップ中、突然痛みで走れなくなりました。
会場にいたトレーナーに診てもらい、肉離れだと。その日はずっとアイシングをして、応援をしていました。
その後、同期に紹介してもらった鍼灸接骨院で超音波や鍼を受け、復帰を目指すことに。
完全復帰まで3カ月を要し、その間満足に走れずチームに貢献もできず苦しい日々でしたが、院の休みの日まで対応していただいたり、再発予防のため特殊なリハビリをやらせてもらえたり、感謝してもしきれない対応をしていただきました。復帰後は安心して練習し、自己ベストを更新することもできました。
2つ目は部内でコンディショニングのためペアを組んでいた相手が、マッサージを褒めてくれたこと、試合当日にマッサージをするといい結果を残してくれたことです。もちろん試合結果は彼の実力ですが、全国大会で優勝したこともあり、その一助を担えたと思うと自分のことのように嬉しかったです。
これらの経験が、自分も誰かの支えになれることを仕事にしたいと思ったきっかけになりました。
小島接骨院に入社したきっかけは、縁あってか入学した専門学校の非常勤講師として院長が勤めており、知識や経験、技術の豊富さに惹かれたからです。
また小島接骨院のモットーの1つに「技術と情熱で人を幸せに」というものがあります。
自分も患者様1人1人に熱意をもって施術をすることを心がけるとともに、院長の知識や技術を吸収しつつ、自分なりの経験を積めていると思います。
学生時代の経験も参考に、患者様のお身体の状態と必要な施術を的確にお伝えいたします!皆様と出会えるのも何かの縁です。頼っていただく分、誠心誠意お応えしますのでまずは何でもお話ください!!
小島 昌子

| 役職 | マネージャー |
|---|---|
| 動物キャラナビ | 気分屋の猿 |
| 趣味・好きなこと | スキー、旅行 |
一言
分からないことがありましたら何でもお聞きください。
小さなお子様もご一緒にお越しください。
産後骨盤矯正などでお母様が安心して施術できますよう、お子様のサポートはお任せ下さい!
安井亮真

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 順応性がある狼 |
| 趣味・好きなこと | トレーニング、ゲーム、料理 |
一言
柔道整復師の安井です。
痛み、お身体の不調には様々な原因があります。皆様一人一人にあった施術を提案させていただき、日常生活のサポートをさせていただけたらと思います。施術についての疑問、トレーニングや食事についてもお気軽にご相談ください!!
はじめまして。
名古屋市中川区出身の 安井亮真 と申します。
私の特技は 剣道 です。
中学生の頃に剣道と出会い、高校卒業までの6年間、毎日の生活の中心にはいつも剣道がありました。
剣道はただ竹刀を振る競技ではなく、相手と向き合う心、自分自身と戦う心を強くしてくれました。
勝って嬉しい日、負けて悔しい日、逃げたくなるほど苦しい日──そのすべてが、今の私の大切な財産です。
治療家を志したきっかけ
私がこの道に進むきっかけは、高校時代の剣道部のコーチのひと言でした。
練習で痛みが出たとき、身体の使い方や癖を見ながら丁寧にアドバイスしてくれたコーチ。
「どうすればもっと動けるか」
「どうしたらケガをしにくくなるか」
常に私の立場になって考えてくれました。
そしてある日、こんな言葉をかけられました。
「人の痛みに気づける。治療の道に向いていると思うぞ。」
その瞬間、胸の奥が熱くなりました。
“自分も誰かの力になりたい”
そう思ったことが、治療家として歩み始める最初の一歩でした。
小島接骨院を選んだ理由
私が 小島接骨院 への入社を決めた理由は、
「痛みだけを見るのではなく、患者様そのものを診る」
という考え方への深い共感です。
身体の不調の背景には、仕事や部活の負担、生活習慣、心の疲れなど、さまざまな要因があります。
小島接骨院では、そのすべての方に寄り添いながら、患者様に合った最適な施術を行うことを大切にしています。
この姿勢は、剣道を通して学んだ
「相手に対して誠実に、真っ直ぐ向き合う心」
と重なる部分が多く、
“ここでなら、自分の想いを形にできる”
と強く感じました。
最後に
剣道で鍛えた集中力と精神力、
そしてコーチから受け取った“寄り添う心”を大切に、
どんなお悩みにも誠心誠意向き合います。
痛みの大小は関係ありません。
まずは気軽にご相談ください。
皆様の健康と笑顔のために、全力でサポートさせていただきます!
よろしくお願いいたします!!
沼田晋児

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | しっかり者のこじか |
| 趣味・好きなこと | スポーツ観戦 |
一言
患者様一人一人が抱える不安に全力で向き合い患者様の不安を一緒に改善していき、症状の出にくいお体にし、日常生活を楽しく過ごせるように治療をさせていただきます!
はじめまして。
小島接骨院の沼田 晋児と申します。
簡単ではございますが、自己紹介をさせていただきます。
柔道整復師を目指した理由
私の出身は愛知県刈谷市です。都会とも田舎とも言えない場所ではありますが、子どもの頃から身体を動かして遊べる施設も多く、運動が特別嫌いというわけではありませんでした。ただ、幼少期から怪我は多く、捻挫などで接骨院にお世話になることはよくありました。
学生時代は中学からテニスに力を入れていました。しかし怪我が多く、接骨院に通いながらの生活が続き、思うように練習に参加できないことも多々ありました。練習に参加できないことで周りとの差が開いていく一方、怪我の影響で無理もできない、という状況が続き、高校の途中で部活動を辞めることになりました。
その後は運動からも疎遠になり、怪我も減ったことで、接骨院に通う機会も自然となくなっていきました。
時が経ち社会人となり生活を続ける中で、「この仕事をこのままずっと続けていくのだろうか」と、自分の中で疑問や不満を感じるようになりました。そこで一度、自分自身を見直そうと思い、「自分は何になりたいのか」と考えたとき、人のためになること、「ありがとう」と言われる仕事がしたい、という思いが浮かびました。
そのとき、学生時代にお世話になっていた接骨院のことを思い出し、自分のやりたいことと一致していると感じ、この柔道整復師という道を志しました。
目指すべき柔道整復師像
専門学生時代のご縁もあり、小島接骨院でアルバイトをさせていただくことになり、資格取得後にそのまま就職させていただきました。そこで、学生時代に学んだ知識だけでは対応できない現実を知り、学校と現場との違いを大きく感じるようになりました。
患者さまへの対応の中で、こちらの返答が曖昧になったり、言葉を濁してしまうと、患者さまにも不安な気持ちを与えてしまいます。だからこそ、私が目指す柔道整復師像は、知識面・治療面の両方において、患者さまを安心させられる治療家です。
小島接骨院で知識と経験を積み重ね、これから対応させていただく患者さま一人ひとりに、全力で向き合っていきたいと考えております。
治療だけでなく、日常生活の過ごし方などについてもお伝えできればと思いますので、気になることがあればお気軽にお声がけください。
増田 菜子

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 束縛の嫌う黒ひょう |
| 趣味・好きなこと | 料理 |
一言
お身体の不調により生活を送りづらい事があると思います。明るく、楽しい日常生活が送れるように治療を提案させていただきます。
不安に思っている事なんでもご相談下さい!
一緒に健康な身体をつくりましょう!
初めまして!
柔道整復師の増田です。地元は、360°山に囲まれている自然豊かな長野県出身の田舎っこです!幼い頃から外で走り回っていました。
専門学校で愛知県へ出て、専門学校を卒業後、周りの友人が長野県に戻る中、柔道整復師として技術を身につけたいという思いがあり、愛知県に就職しました。友人が愛知県に少ないのは、寂しいですが…。技術・知識の取得のためにこの愛知県で頑張っています!
私が柔道整復師を目指したきっかけは、小学生からバスケットボールをやり、高校ではバスケ部マネージャーになりました。高校時代に進路を決める際、やりたい事・なりたい職業がありませんでした。高校生活を振り返った時、一番楽しかった亊ややりがいがあった事を思い返すと、バスケ部のマネージャー業でした。マネージャー業をきっかけに誰かをサポートできる職業に就きたい。選手をサポートする立場として、裏方の仕事はもちろんですが、選手のテーピングや身体のケアを行い、運動をする人や怪我をしてしまった人を支える職業=柔道整復師になりたいと思うようになりました。
長野を出て、愛知県の専門学校に入り、柔道整復師の免許を取得しました。卒業後、アルバイトをさせていただいていた小島接骨院に就職し、現在も勤務しております。
私は、患者様の声に耳を傾け、「痛みが無くなった、楽になった」「ここに来て良かった」と言って頂けるような治療を提供できる柔道整復師を目指しています。そして、女性柔道整復師として女性ならではの視点で、体の悩みや不安を丁寧にお聞きします。痛みのことはもちろん、男性には話しづらい体調の変化やお悩みも、安心してご相談いただけます。
怪我だけでなく、様々な症状の患者様が来院され、一人ひとりにあった治療を行う事ができるのが小島接骨院です。怪我の処置や慢性痛に対してのアプローチはもちろんの事、ピラティスやパーソナルトレーニングなど治療+αもできるのが小島接骨院です。日常生活を明るく楽しく過ごすためのメニュー展開が多いのも当院の特徴であり強みです。
まずは、一度ご相談ください。全力でサポートし、日常生活を明るく過ごすお手伝いをさせていただきます。よろしくお願いします。
牧野内 美咲

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 活動的なコアラ |
| 趣味・好きなこと | YouTubeを見ること、身体を動かすこと |
一言
柔道整復師の牧野内です。
笑顔で丁寧な対応を心がけ、患者様のお身体が少しでも良くなるようサポートさせていただきます。
根本的にお身体を改善し、痛みの出にくい体づくりをしていきましょう!産後でお悩みの方もぜひご相談ください。
私は長野県飯田市で育ちました。自然が多く、子どもの頃は外で体を動かして遊ぶことが多い環境でした。小さい頃から体を動かすことが好きで、その延長でスポーツにも親しんできました。
小学校2年生から中学生まで続けていたのが、バスケットボールです。練習や試合を通して、仲間と一緒に頑張る時間が楽しく、当たり前のように体を動かす毎日を過ごしていました。大きなケガをすることもほとんどなく、「自分はケガとはあまり縁がない」と思っていました。
そんな私が初めて大きなケガをしたのが、中学最後の試合でした。大切な場面で思うように動けなくなり、不安や悔しさを感じたことを覚えています。そのとき、会場にいた柔道整復師の方がすぐに対応してくれました。慌てることなく体の状態を確認し、必要な処置をしてくれたことが強く記憶に残っています。
その後も、回復するまで継続して体を見ていただきました。体のことだけでなく、寄り添うように関わってくれたことが心に残っています。この経験がきっかけとなり、私も柔道整復師を目指すようになりました。
私が目指しているのは、「来てよかった」と思ってもらえる柔道整復師です。
痛みのある場所だけを見るのではなく、日常生活の中でどんなときに困っているのか、どんな不安を感じているのかにも目を向けたいと考えています。
話しやすい雰囲気を大切にしながら、難しい言葉は使わず、わかりやすく伝えることを心がけています。
この仕事をしていて一番うれしいのは、「症状が良くなったよ」と言ってもらえたときです。その一言を聞くと、少しでも力になれたのかなと感じます。これからも一人ひとりと丁寧に向き合いながら、安心して通ってもらえる柔道整復師でありたいと思っています。
柚原大輔

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | 全力疾走するチーター |
| 趣味・好きなこと | 筋トレ、サウナ、カフェ |
一言
患者様の痛みや不安な気持ちに真剣に向き合い、少しでも今ある症状を緩和させ患者様に合った治療を提供させていただきます!
トレーニングや食事(減量)なども勉強しておりますのでお気軽にご相談ください!
はじめまして!
小島接骨院で勤務しております、柚原大輔と申します。
簡単ではございますが、自己紹介をさせていただきます。
柔道整復師を志したきっかけ
出身は岐阜県高山市、山に囲まれた雪深い田舎町で育ち、冬には雪が当たり前のように積もる環境で生活してきました。
中学生の頃からハンドボールを始め、学生時代は部活動中心の毎日を送っていました。
ハンドボールは強い接触やジャンプ、着地の多い競技であるため、足関節の捻挫を数えきれないほど繰り返し、腰部の痛みで練習に参加できない時期もありました。
そんな中、私が柔道整復師を志す一番のきっかけとなったのが、高校2年生の時に負った左足の脱臼骨折です。
その年は、先輩方の代で2年生としてインターハイに出られる大切な時期でしたが、インターハイの直前に遠征で脱臼骨折をしてしまい、靭帯は完全に断裂、腓骨はポッキリと折れ脱臼しているという状態。インターハイは悔しい思いを胸に松葉杖をつきながら応援する立場となりました。
この怪我により、最初に2週間の入院生活を送りましたが、その後症状が悪化し、さらに3週間の再入院を余儀なくされました。
自分の代になってからもリハビリ期間が続き、すぐに練習や試合へ復帰することはできず、完全復帰までには約半年もの時間がかかりました。
思うように身体が動かず、焦りや不安を感じる日々の中で、怪我の固定やリハビリ、復帰までの過程を親身になって支えてくださったのが、接骨院や整形外科で対応してくださった柔道整復師の先生方でした。
その存在に何度も救われ、「自分も同じように、怪我で苦しむ人の力になりたい」と強く思うようになり、この道を志しました。
どういう柔道整復師を目指しているか
私が目指している柔道整復師像は、どのような症状に対しても対応できる万能な治療家であることです。
そして、小島接骨院で培った技術と経験を活かし、一人でも多くの方に安心と感動を与えられる柔道整復師になりたいと考えています。
痛みだけでなく、その先の生活や気持ちにまで寄り添える治療家として、日々成長し続けていきます!
どうぞよろしくお願いいたします!
寺西柊真

| 資格取得日 | 令和5年 |
|---|---|
| 役職 | 柔道整復師 |
| 動物キャラナビ | フットワークの軽い子守熊 |
| 趣味・好きなこと | 筋トレ、お菓子作り |
一言
一生懸命頑張ります。よろしくお願いします。
はじめまして!
運動とお菓子作りが大好きな、寺西柊真(テラニシ シュウマ)と申します。
少しだけお時間をいただき、自己紹介をさせていただきます。
私は愛知県豊川市の出身です。豊川市といえば豊川稲荷、最近ではイオンモールが思い浮かぶような、自然の多い地域です。学生時代はもともと水泳をしていましたが、兄が楽しそうに野球をしている姿に憧れ、中学・高校の6年間は野球部に所属していました。
私が柔道整復師を目指すようになったきっかけは、高校2年生の冬に経験した怪我です。トレーニングでダンベルやバーベルを使用し、タイヤを引くランメニューを行っていた際、腰に重だるさを感じるようになりました。最初は大したことはないと思い練習を続けていましたが、日に日に痛みが強くなり、最終的には動けなくなってしまいました。学校近くの接骨院で診てもらった結果、「脊柱起立筋損傷」と診断されました。
しかし当時の私は知識が浅く、先生の指示を十分に守らないまま、できる範囲で部活動を続けてしまいました。その結果、さらに筋肉を痛めてしまい、春の大会には間に合わず、スタメンから外れるという悔しい経験をしました。
その後、夏の大会に間に合わせるため、接骨院での治療と自宅でのセルフストレッチに本気で取り組みました。最初の1か月は正直あまり継続できていませんでしたが、次第に毎日欠かさず行うようになり、5月から練習に復帰することができました。継続してケアを行ったことで筋肉の柔軟性が高まり、その後は大きな怪我をすることなく、夏の大会ではスタメンとして出場することができました。
この経験から、正しい治療とセルフケアがどれほど重要かを実感し、怪我で悩んでいる人や、もう無理だと諦めかけている人を支えられる柔道整復師になりたいと強く思うようになりました。
将来は、体のメンテナンスやトレーニング、ストレッチの大切さを分かりやすく伝え、実践までサポートできる柔道整復師を目指しています。一方的に自分の考えを押し付けるのではなく、相手の言葉にしっかり耳を傾け、無理をしないことや日々のセルフケアの重要性を伝えていきたいです!
今後は小島接骨院で知識と技術を磨き、患者様とお互いにWin-Winの関係を築ける施術者として成長していきたいと考えています!
どうぞよろしくお願いいたします!
鈴木 裕子

| 役職 | 受付 |
|---|---|
| 動物キャラナビ | 正直なこじか |
| 趣味・好きなこと | 旅行 |
一言
皆様を笑顔で受付でお待ちしております。
お気を付けてお越しください!
村松由佳

| 役職 | 受付 |
|---|---|
| 動物キャラナビ | しっかり者のこじか |
| 趣味・好きなこと | キャンプ、愛犬と遊ぶこと |
一言
患者様がリラックスして通院できるようにサポートさせていただきます!
梅川つかさ

| 役職 | 受付 |
|---|---|
| 動物キャラナビ | 夢とロマンの子守熊 |
| 趣味・好きなこと | 子どもと遊ぶこと |
一言
男の子3人のママです。
お子様歓迎!明るく元気に皆様をお待ちしております。
小島接骨院グループ おすすめ施術|名古屋市緑区
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柔道整形修学士
柔道整復実技審査員認定証
柔道整復師専科教員講習会修了
柔道整復師資格証
機能訓練指導員認定整復師
名古屋市スポーツ推進委員
























